<過去のよもやま話>
2008年 9月「羽」
2007年 4月「月見台中次」
2007年 1月「南蛮菓子」
2006年 10月「栗金団」
2006年 8月「苔」
2006年 6月「蛇の目」
2006年 2月「紅爐一点雪」
2005年 12月「イスタンブール」
2005年 9月「重陽の節句」
2005年 7月「安南焼」
2005年 5月「楓」
2005年 3月「釣釜」
2005年 1月「結柳」
2004年11月「口切」

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昔、ベトナムの南部は安南(あんなん)と呼ばれていました。「安南焼」は、安南から渡来したやきものの総称を言います。白磁、青磁、染付、赤絵、無地・・・と室町時代末期から江戸時代前期にかけて、わが国にもたらされました。
写真の茶碗は、18世紀の安南染付で「絞手(しぼりで)」と呼ばれ珍重されています。安南焼の釉薬は非常に灰分が多いため、釜の温度の過不足で、文様が流れたり、失透したりしてしまうのです。技術の低さゆえの出来ごとが、趣きに富んだ茶碗を生みだしたことになります。
安南焼を主に焼いていたハノイ北部の町は、現在バッチャン村と呼ばれています。
理由は----ベトナム人の多くは、バイクを主な乗物としていますが、バイクの荷台にたくさんの焼物を積んだまま・・・"バッチャン"と転んだところから、この名に変わったのだとか!?
今日本で市販されているバッチャン焼のほとんどが、型に流し込む製法で作られているのは残念なことです。
しかし、茶を嗜むことのない人々にもその名を知られるようになったのは、喜ぶべきことなのかもしれません。